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今から79年前の1927年(昭和2)11月、58体の市松人形が「日米親善の使節」としてはるばる太平洋を渡りアメリカに贈られました。幼女とほぼ等身の豪華な市松人形は、同年3月、アメリカの子供たちから日本の子供たちに贈られた1万2千体余りの「友情の人形」(「青い目の人形」)の答礼人形として、「青い目の人形」を贈られた全国の小学校や幼稚園の醵金によって、日本の人形製作技術の粋を集めて製作されました。
これらの人形は、アメリカから贈られた「青い目の人形」に倣って、特別のパスポートや日本の子供たちからアメリカの子供たちへの「友情の手紙」を携えて海を渡りました。
答礼人形は、日本を代表する1体(「倭日出子」)のほか、各都道府県や6大都市及び日本の統治下にあった朝鮮・満州・台湾・樺太などを代表するように割り当てられ、それぞれ「筑波かすみ」(茨城県)、「東京子」(東京都)、「北海花子」(北海道)などと郷土にちなんだ名前がつけられました。アメリカに着いた人形は盛大な勧化を受け、全米各地を巡回した後アメリカ各州の公立博物館や美術館に展示・保管されました。その茨城代表の「筑波かすみ」が、今もウィンスコンシン州ミルウォーキー市の公立博物館に展示されていることがわかりました。昨年「みつかいどうアクト21」が水海道で行った「青い目の人形展」には、同展に協力した元キッコーマン常務・いばらき大使の鈴木進一氏の依頼によって、キッコーマン・フーズ・インク米国社長の畠山氏が現地で撮影させた「筑波かすみ」の写真が展示され大きな反響を呼びました。
日米開戦の14年前にはこのような人形を通した日米の友情と親善の交歓がありました。もしそれが日米国民の心に深く浸透していれば、あるいはあの不幸な日米戦争は避けられていたかもしれません。私たちは、日米親善に大きな役目を果たした「筑波かすみ」をゆかりの茨城に招いてその労をねぎらい、装いを整え直して再び米国に帰し、友情と親善の象徴としての役目をいつまでも果たしてもらうために「筑波かすみ」の里帰りを実現させたいと願っています。
答礼人形の里帰りは、長野県や長崎県などすでに32の県や市で行われていますが、実現のためには相当の費用もかかり、県民の皆さんの深いご理解とご協力が欠かせません。私たちは、趣旨に賛同していただける団体や個人の皆さんと共に、「筑波かすみ」里帰り実行委員会を作ってぜひ里帰りを実現させたいと考えています。
どうか趣旨をご理解いただき、ぜひ実行委員会に参加して下さるようお願い申し上げます。 |
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